2013年10月29日

10月29日 仙台スローワーク③

10月29日 仙台スローワーク③10月29日 仙台スローワーク③
 昨日、書けなかった荒浜フィールドワークについて、記しておきたいと思う。23日、朝は仮設住宅へラジオ体操を集会所でみなさんと一緒に。
第1・第2を真面目に体を動かすとぽかぽかと温かくなった。その後、「お茶っこ」という四方山話の輪に入れていただく。「昨日はご馳走さん」と
お礼をいってくださる方もいて、時間の経つのが早い。Nonちゃんという若いスタッフの運転する車で、雨の中、荒浜へ向かう。
 「この辺は土地がバブルなんですよ。もうすぐ、地下鉄の駅が開通するし、建設ラッシュでどんどん家が建っています。」と。
やがて、東北自動車道が見えてきて、建設資材を運ぶトラックや港に着いたらしき真っ白いバスとすれ違う。今から、彩色され、文字が書き
込まれるらしい。真っ白いバスを見たのは初めてである。オドロキ
 そして、荒浜小学校。立ち入り禁止の立て札が立っていた。体育館はすでに取壊された後だった。体育館へ避難した人々と、校舎の3階
にいた方は津波に飲み込まれ、4階と屋上まで逃げた人々が命を落とさずに済んだそうだ。3階部分までは、片付けられていないそうだが、
取壊すか、保存するかでも揉めているとのこと。
 海岸には立て札やたくさんの写真が展示されているコーナー、そして、地域の人々が寄付し合って建立されたという観音像が高い台座の
上から海を見下ろしていた。この像の頭頂部まで津波が押し寄せたそうである。
 きれいに瓦礫は撤去されていたが、家の礎石だけが残り、風雨が強い中、たくさんの写真が展示され、傍の墓碑には被災されて亡くなった
方のうち、名前が判明された2歳から90歳代の方のフルネームと年齢が書き込まれていてあまりの多さに絶句した。
 この夜は眠れなかった。私にとって、津波の押し寄せ、大勢の人々が流されていったその場所に、2年7ヵ月後の今、立っていることの
何ともいえない悲しさや憤りや、ことばに出来ない思いで涙が溢れた。雨も激しく降ってきて、折りたたみ傘も吹き飛ばされそうになったが、
Shihokoさんも同じ思いだったと思う。震災前の写真を持っている方は貸してください、とのメッセージもあった。
 「仮設にいらっしゃるみなさん、大きなお家に住んでいた方が多いんですよ。」とNonちゃん。だから「過去とこれからどうするか?」を聞かない
ように、とワークに入る前の注意事項にあったのだ、と納得した。
 この日はワークに参加したみなさんにカレーをたくさん作った。何種類ものルーを入れたので、とても美味しく出来て、みなさん、たくさん
食べてくださって嬉しかった。写真は「河北新報」と仙台に行く直前に読んだ野田沢氏の著書。


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そわそわと、だけど落ち着いて。
さあ、旅行の準備を!
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Posted by TEA.JAM.CREAM at 15:39│Comments(0)日記
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